煙々創苑レポ② 姫路探訪・消えたモノレールの謎

「兵庫県姫路市と言われて、まず一番に思い浮かべるものは何だろう、きゃしろちゃん」

私にそんな事を尋ねてきたのは、丸いサングラスをかけて、へらへらと笑っている長髪の男…顔面ハプニングくんだ。不審者という日本語をそのまま形にしたような風貌をした彼は、たばこの煙をふかしながら、静かに言った。

「一に姫路城、二に姫路城。三・四飛ばして五に円教寺。大方予想はつくんだけれど、きゃしろちゃん」
それはあくまで表の話だ

「真に知ってほしいものはたった一つ。モノレールなんだよ」

* * *

『私』こと、煙々創苑から生まれた煙草の妖精『きゃしろ』は、特にやることのない怠惰な生活を送っている(煙草の妖精のやることなんて、山積みになっているタバコの空き箱についているQRコードを読み取って、JTクラブのポイントを貯めるくらいしかない)。
そんな私は福岡県福岡市にある煙々創苑に住処を置いていたのだけれど、苑長(私の生みの親)としめが諸々の都合で東京へ引っ越すことになり、渋々ついて行かなければならなくなった。という事は、待ち構えているのは引っ越し準備の荷造りやら内見やらで、いくら煙草の妖精と言えど、家具の段ボール詰めなんかは手伝わざるを得ないのだ。
バタバタと荷造りを終えて、業者に荷物を託し、私は苑長と別のルートで東京へと向かう事にした。ここ最近の彼は面倒くさい。まず真っ直ぐ東京へ同じタイミングで向かえば、荷解きを手伝わされるのは目に見えていたし、それにいちいち小言を言われる事も分かり切っている。梱包の段階から、使っているのを一度も見たことが無かったコップに対してやれ「もっと丁寧に扱え」だの、そんな愛情も無いだろうとかを言い返してやや険悪なムードがずっと続いているという事もある。

私が向かったのは兵庫県姫路市。私の認知としては、世界遺産を名乗る城がある...くらいのもので、普通なら旅の目的地にはしない。
それ以外、訪れてみたいような観光名所を知らないからだ。
では何故姫路市に向かったのか。

姫路駅北口を出て、城に向かって歩いていく。大きくお城が見えるその通り。
遠くからでも一目でわかる、挙動不審な歩き方をした男...顔面ハプニングくんが、そこに居た。

「きゃしろちゃん...久しぶり。よくぞ、遠路はるばるこんな辺境まで」
「なんか、そこまで栄えてる感じはしないね」私は思ったことを口に出す。「地方都市って感じだ」
「その通り。人口75万の街にしては、そこそこといった所かな」

私がいちばんに驚いたのは、駅を出ると、真っすぐ正面に城が見えるよう丁寧な区画整備が為されていた事だ。城の前に建造物があったりはしない。自分たちが保有している観光資産を、これでもかと言わんばかりに誇示しているように見えるのは、うがった見方をしてしまう、妖精の良くない癖かもしれないと思った。

* * *

「で、君は僕の想像通り、姫路城に行くだけ行ったら、JRの新快速で大阪か神戸まで出ようとしていた訳だ。確かに、城しかないと考えていればその行動はおよそ一般的と言える。見るだけ見たら、あとは都会に行きたいと、ここに観光に来た人間はそう言うんだよ。確かに30分程度の時間をかければ直ぐに都会には出られるんだ。だが少し待ってほしい」
「それは姫路市を何も知らずに出ていくのと同じなのさ」
顔面くんは確かに言った。姫路市の真の観光資産は城ではなく、モノレールであると。

「そこまでして、モノレール、モノレールって言うけれど...。肝心のモノレールが見当たらないよ」
辺りを見渡しても、らしいものが見つけられない。交通インフラの一端を担っているのであれば、それらしい案内看板があったりしても良いと思うのだけれど...。

「ああ、伝え忘れていたけれど、そのモノレールは40年前に廃止されてるんだ。今はもう、どこも走ってない」

正気か?
廃止されたインフラが観光資産になるなんて考えるのは、ごく一部の変なロン毛のオタクだけだ。
正面に見えた城を真っすぐに無視して左に折れ、ウキウキと前を歩く顔面くんの背中を見ながら、私は観光案内を頼んだ男を間違えたと心底後悔した。

「まあまあ、そう焦るなよ、きゃしろちゃん。もう既に僕らは、40年前に街を走っていたモノレールの軌道をなぞって歩いている」

突然。立ち止まった顔面くんはこちらをニヤリと眺めて、意地悪そうに言った。
「さて、この風景を見て、何か異変を感じないか?」

「異変?」私は聞き返す。「ただの、駅の外れ。駐車場と駐輪場が殆どを占める、どこにでもある場所にしか見えないけれど」
当然、そんな疑問を投げかけられるという事は、今自分が見ている景色に、何かおかしな部分が存在するという事だろう。けれど、私はそれに気づくことが出来なかった。本当に、何の変哲もない街そのものに対して、私は別段感想を持つことも無い。

「じゃあ、すこし上を見てみなよ」
顔面くんが言う。私はそれに従って、視点を少し上の方向に動かしてみた。

「あ」
その異変に気付くと、途端に景色が一変した。
建物から謎の突起物が飛び出している
明らかに、街に馴染んではならない巨大な建造物が...その異質さを隠して、まるでそれがある事が当然であるかのように振る舞い、街に溶け込んでいた。

「そう。あれがモノレールの橋脚だったもの。気付かなかった?」
「気付かなかった。あんなに異質な物体なのに」
「それが恐ろしい所なんだよ」顔面くんはニヤニヤと語る。「あの橋脚がある事に、大半の人間は気付けない」

より巨大な橋脚が顔を出した。建物から突き出す形ではなく、橋脚そのものが、まるでオブジェの様な存在感を示しながらそこにある。
歩みを進めていくと、古びた建造物が連続したエリアがあって、その上を突き抜ける形の橋脚が、一直線に並んでいた。
「おかしいね、これ。こんなものが街の中にあるっていうのは、確実におかしい」

ニヒルな笑みを浮かべながら、顔面くんは咥えたタバコに火をつけた。

「きゃしろちゃん。その感性は姫路市民には存在しないのさ。ここに住むどんな人間も、多分最初はそう思っていた。けれど、この橋脚が残されていた期間が長すぎた結果、この周辺に当然あるモノとして誰も興味を示さなくなったんだ。皆それがある事に何の疑問も示さない。『ああ、モノレールの跡だよね』と、会話の種にもならない、姫路市民にとっては本当に、取るに足らないただの橋脚でしか無いんだよ。それが姫路モノレールの異質・異変さ」
「ふうん。けど、君は気付いた。それは何故?」
「決まってるだろ。B級スポッターだからさ」

聞き覚えの無い単語に、私は脳内の辞書を検索して対応しようと思ったけれど、直ぐに無駄を悟って、辞めた。
意味不明な造語で肩書を増やすのは、この男の常套手段だと思い出したからだ。

* * *

そうして、橋脚を巡りながら辿り着いたのは、山だった。
山、意外に形容する単語が見つからない。ただの、山。

「今、どうして旅行に来てまで、こんな地元民しか訪れないような山に連れてこられたんだろうって考えた?」
「考えたよ。ふと我に返った」
「それが旅行の醍醐味だよね。最高の贅沢とさえ思う」

うまく煙に巻こうとしている。

「で、話を戻すと...。ここが、手柄山。モノレールの終着駅だ」
「え?早すぎない?」私は耳を疑った。「短い路線にも程がある」
「姫路モノレールの路線距離はわずか1.6km。当然、当時の人々にとっても別に歩ける距離だった」

私は嫌な予感がしていた。
「もしかして、姫路モノレールって、大往生ってほど、長くは持たなかった...?」

「8年」
「8年でありえない赤字を計上した結果、打つ手が無くなって廃止された。これは、モノレールの寿命としては信じられない程短い。設計ミスで軌道桁と橋脚が重さに耐えられず無茶苦茶な負荷がかかって超危険な状態になったとかいうインフラとして欠陥すぎたドリーム開発ドリームランド線に次ぐ短さだ」
「せっかくここまで来たんだ。姫路モノレールがどうしてインフラ史に歴史を残すレベルの失敗をしたのか見て行こう」

山を登りながら、私はその風景に既に異変を感じていた。
まず気になったのは、別に海が近いわけでも水辺が近い訳でもないのにも関わらず、何故か水族館があった事だ。というか山の上にある水族館なんて聞いたことが無い。調べてみると日本でもかなり希少な分類らしく、地元民しか利用しなさそうな小さな水族館にその希少性が与えられてしまっている。多分その価値に誰も気づけないだろう。

更に山の側面を見ると、何やら洋風な建築が。思い返す。ここはただの山。別に何かしらのテーマパークではない。テーマパークでは無いのにも関わらず、劣化版ディズニーランドみたいな、謎の城がそびえたっていた。

「...城?」
「ああ、きゃしろちゃん。目の付け所が良いね。あれはスリラー塔だ」
「え、怖、何そのネーミング、どこがスリラーなの?」
「知らない。スリラー塔はスリラー塔だ。スリラーなエピソードで言うと、僕の小学生の頃の同級生が、あのスリラー塔で夜中に鬼ごっこをしていたところ、立ち入り禁止のチェーンに気づかずに足を引っかけて結構な怪我をしたっていうエピソードがある」
「ただ安全管理怠っただけだよね?」
「ちなみにあそこはお勧めしない。雨漏りが酷くて生臭いから」

「ここは正式名称を手柄山平和記念公園というんだけれど、その頂上には全国の戦没者の慰霊塔がある」
「更に奥には植物園があって、その手前には回転展望台があった。昔は市民プールもあったんだけれど、今は壊されて競技用のプールが出来るらしい」

塔・城・モノレール・水族館・植物園・慰霊塔・回転展望台・市民プール。どう考えても役割を持たされすぎている。手柄山さん、出来ない仕事は引き受けない事も大事ですよ。

頂上付近の、手柄山交流ステーションと名付けられた場所があって、私達はそこへ向かった。
「凄い...これって...」

眼前にあったのは、まるで駅に停車しているかのように保存されているモノレールだった。
「そう。これが現存している姫路モノレールの姿さ。勿論、動いてはいないけれど。綺麗に保存されている」

階層を上がると、そこには小物が様々用意されていて、不思議な形の灰皿から、時刻表に至るまで(当時のモノかもしれない)、姫路モノレールの終着駅『手柄駅』が再現されていた。

「夢の跡。手柄山はもともと、万博の開催地だった。それに合わせて開業したのが、未来の乗り物、姫路モノレールさ」

未来の乗り物。私は現代にこの乗り物が残っていない事を知っているからこそ、不思議な気持ちになった。

「当時は高度経済成長期の真っ最中。姫路モノレールにも延伸計画があった。総延長わずか2kmというのは、あくまでも仮のものだったんだ。将来には、もっと遠く...鳥取にまで、延伸されている筈だった」
顔面くんは立ち止まって、私の方を振り返る。「あとはわかるかな?」

延伸計画は頓挫したのだろう。姫路モノレールの総延長はわずか2kmのまま、8年で幕を閉じ、街に生える謎の橋脚を残して、その姿を消してしまった。

「切ないね」私は思ったことをそのまま口に出す。「期待された未来の乗り物は、私達の時代には残らなかった」

「そうでもない」
顔面くんは言う。
「何かと思い付きでポンポン建ててはうまくいかないなんて事は、市政においてはままある事さ。失敗インフラなんてこの世にはごまんとある。それに、姫路モノレールはその形をとどめているわけだから、闇に消えたインフラよりはマシさ」

保存された車両の中に入って、座席に座る。
「それに、きゃしろちゃん。こうして僕が語り継ぐんだ。この意味不明に残った橋脚や、スリラー塔や、植物園を語り継ぐんだ。そしてあらゆる人間に記憶させる、このモノレールの存在を」

* * *

山を下って、近くにある駄菓子屋に寄ってから、私達は出発地点の駅に向かって歩き始めた。公園に併設された喫煙所で、我慢していた煙草に火をつけ、互いに煙をふかしている。

「こういう旅行も悪くないんじゃない?」
顔面くんは言う。
「確かにね」私は返した。「悪くはない」

側に流れていた川を見た。木漏れ日がちらちらと水面に反射して、それとない趣を感じる。同時に、この静かな姫路探訪が、一つの終わりを迎えたような気がしていた。私が訪れた場所は、確かに観光名所では無かったし、そんなに知られた場所でも無かった。けれども私はこれを楽しいと思った。

私は彼に尋ねた。
「ねえ、顔面くん。君は、どうしてそんなに姫路モノレールが好きになったのさ?」

顔面くんは、まるでその質問が飛んできた意味を理解できないと言ったような、きょとんとした表情でこちらを見て。

その後で、待ってましたと言わんばかりに、得意のニヒルな笑みを浮かべて、言った。

「決まってるだろ」
B級スポッターだからさ」

私は、声を出して笑った...。